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やせうまさん 「 建築物の設計に必要な基本的かつ総括的な知識及び技能 」とは何なのか?


「建築物の設計に必要な基本的かつ総括的な知識及び技能」とは何なのか?
 

                                   25001 やせうま 

1 はじめに

独学~受験資格予備校を経て、最端製図.comにお世話になり合格を勝ち取ることができました。

受験体験談を通じてこんな人もいるんだな~と思って頂ければ幸いです。

(1)受験資格を得るまでの道のり

二級建築士試験は難しい…、それ以上に大変なのが受験資格を得ることです。

平成17年にいわゆる「構造計算書偽装事件」が発覚、これにより平成18年に建築士法と建築基準法も改正されています。

(建築確認手続を厳格化する措置などが盛り込まれた改正建築基準法は,平成19年6月から施行)

また、この年には建築士法も改正され、建築士試験の受験資格である学歴要件は「所定の課程を修めて卒業」から

「国土交通大臣が指定する建築に関する科目を修めて卒業」に変更、この要件が適用される平成21年度に夜間の学校に入学しました。

2年間仕事と学業の両立は大変でしたが在学中に2級建築施工管理技術検定試験(建築・学科のみ)やカラーコーディネーター検定試験にも

合格することができ、このままいけば二級建築士試験も…と甘い考えのまま(!?)卒業しました。

2 長い道のりのはじまり

(1)受験資格を得て二級建築士試験に初挑戦(平成23年)

  要領がわからぬまま受験、受験資格を得るまでの道のりが大変だっただけに受験会場に着いただけで満足感というか高揚感でいっぱいになりました。

この年は法令集に『創意と工夫』をし過ぎた事で試験官に『創意と工夫』を塗りつぶされて動揺しましたが、結局構造の点数が足きり点に届かず不合格となりました。

しかし、設計製図試験の会場に偵察に行き、来年こそは!と決意を新たにしました。


(2)捲土重来!二回目の試験に挑戦(平成24年)

平成23年12月に二級建築士試験及び木造建築士試験の試験内容の見直しが行われ、独学では情報収集に限度があると判断し、

受験資格予備校に行くことにしました。

高額なローンを組み不退転の決意でした。1月からの学科講座が始まり同じ二級建築士を志す人たちと一緒に人生でこれほど勉強したことない位に勉強しました。

毎晩12時まで勉強し、夢の中で斜線制限の計算をして分からず目が覚めて参考書を確認したこともありました。

学科試験直前期には仕事を休んで16時間くらい一心不乱になって取り組みました。また過去10年分問題や解法パターンはほとんど暗記する位になっており、

学科試験は合格点を取ることができました。

学科試験の合格で気を良くし、一心不乱になって思えば念力岩をも通すと錯覚したまま設計製図の勉強を開始しました。

この年の設計課題は多目的スペースのあるコミュニティ施設[鉄筋コンクリート造(ラーメン構造)2階建]でした。

よく聞く「30枚書けば合格する」なんて言葉を間に受け30枚どころか試験日までに80枚近く書きました。

 



最端製図.comを 知ったのはちょうどその頃です。試験日まで休みなしで猪突猛進状態(今考えればただの模範解答トレースみたいなことばかりやっていました)

受験予備校が休みになる夏のお盆の最中に東京での講習会に参加しました。

夏のこの時期はどこの指導機関も休みなんですがありがたいことです。

講習会では目からうろこ状態、最端メソッドに驚きました。会場では壁に図面を貼付してあるのですが、

自分自身が予備校で行き詰った点のほぼ全部が赤ペンで書いてあるのです。

また、エスキースのやり方も自分にとっては斬新でした。この講習会の帰りの電車の中で予備校の宿題のエスキースがどんどん出来てしまい

最端なら間違いないと決意しました。


この講習会以降勉強スタイルが一変しました。

まず最端 のテンプレートで作図することで大幅なスピードアップを図ることが出来ました。

作図では無駄な事は書かない事とチェックの重要性を意識するようになりました。

そして挑んだ設計製図試験、雰囲気に呑まれてしまったのかエスキースに二時間近く費やしました。

時間は13時!最端テンプレートのおかげで2時間50分弱で書き上げました。

階段も二個書きましたし可動間仕切りで多目的スペースの独立使用も出来るようにして…さらっとチェックして迎えた16時には

「おいどんはやりもうした」と言ってオイオイ泣きたくなる位に達成感に満ち溢れていました。


(3)不合格…理由が分からない

合格を確信して戸籍抄本やら登記されていないことの証明書まで準備して待っていたのですが、合格発表では受験番号はありませんでした。

はじめは採点ミスを疑った位です。

発表から6分後には平成25年前半戦参加希望のメールをしました。

自分の心の闇はいつまでも晴れませんでした。

  「階段二個書いたのになぜランクⅡ?」

  「なぜ?どうして?何が悪かった?」

  「自分には総括的な技能および知識が足りない」

  「少なくともランク1とランク2の合計は67.9%で順位付けするのであれば6116~7911番目の作図内容だった」

  「ランク2になったのは偶然ではなく必然的になったもの、なるべくしてなったランク2であり、

ランク1になるために必要なものは何か?」


  毎日毎日毎日考えました。


 

一方で最端製図.comで添削してもらった再現図や公式発表の標準解答例や採点のポイントを見ながら沈思黙考の年末を過ごしました。

この試験は点数が公表されてない以上、何が重要(優先)で配点が高いかは自分で考えるしかない訳です。

一枚の図面で総括的な技能および知識を有しているか否かを判断する訳でその採点には客観的かつ公平な配点になっていて

採点者による差が出にくいという結論になりました。


この頃参考にした最端ブログ
2012.7.13 適宜とは
2012.7.15  お弁当箱に
2012.11.1  問題です

 


3 最端製図.com 2013のテーマは「挑戦」です。

(1)挑戦とは文字通り挑んで戦うということ

  どうせ僕はランク2さ…といじけた辛い気持ちを一変させるべく、趣味の鉄道旅行に出ました。

そして京都の知恩院で新年を迎えました。除夜の金で煩悩を吹き飛ばし今年こそ合格と気持ちを新たにしました。

  木造の勉強はした事が無く知識も無い、矩計図もよく分からない。勾配定規も持ってないし…

  どうせやるならとことんやろう、学科試験の延長線上に設計製図試験もあるから、二級建築士も1から勉強し直そう、木造の勉強するなら木造建築士も受験しよう、

一緒に勉強すれば効率的! と気持ちを新たにしたのでした。

参考ブログ
2012.12.31 新年

(2)資格予備校に通う理由は何か?

年が明けて予備校でも設計製図試験の長期対策講義がスタートする頃に色々考えました。

去年と同じように過去問題もアレンジした課題をたくさん書けば、勉強した気分になって気は休まるけど進歩が無い、

二級建築士も木造建築士も学科から、しかも同時受験をするつもりでしたので予備校に通う理由は何か?という事に対して自問自答しました。

結局、資格予備校に通っている事が自分の拠り所になっている、周りに同じ受験生がいるから妙な安心感がある、

それが自分に対する甘えであり言い訳になってしまう事に気が付きました。


(3)大阪天満橋の最端製図.comの事務所で自学自習に入る

  神無先生に無理なお願いをして最端製図.comの事務所で勉強させて頂くことになりました。

  周りに同じ受験生が居ないと勉強する気にならない自分には事務所での勉強は効果がありました。

土曜日の早朝、始発の下り普通列車で大阪まで乗り換えながら約5時間、事務所で昼ご飯を食べ作図をし、その日は大阪で一泊、翌日も朝から事務所で作図、

夕方には上り普通列車で約5時間かけて帰るという、製図時間よりも列車移動の時間が方が長く、

妻には「鉄道旅行のついでに製図の勉強をしてる」と言われたものです。

帰りの列車の車中では質問した事の整理や赤ペン入れられた箇所の修正等有意義に過ごせました。

机に座らずとも勉強は出来るのです。

参考ブログ
2013.1.17 1/26 自習室開放  
2013.2.17  スクラップノート

 

(4)神無先生の法令集はインデックスのみで線は引いてない

  学科試験の出願も終わり、いよいよ学科試験が近づいた頃でした。作図の勉強に最端製図.comの事務所に伺っていたとはいえ学科試験の事も気になります。

まして二級と木造の学科を受けるわけですから。

  最端製図.comには学科クラブがあり、学科クラブの人たちには法令集に貼付するインデックスがプレゼントされるのですが、

同じ物を神無先生の法令集にも貼付してありました。驚いた事に神無先生の法令集には線が引いておらずインデックスのみなのです。

ポイントさえ抑えておけば線引きやらなくても分かりますよ。と先生はサラリと言ってましたが、これには驚きました。

そう、ポイントさえ抑えておけば余計な事は不要、これは設計製図試験にも言えると痛感しました。

(羨望の視線を送ったところ、ありがたい事にインデックス頂きました。)

 

4 最端エスキース・コード出版

 4月に入りなかなか自習室に向かう道中で色々とありました。

4月7日(日)の自習室からの帰り、季節外れの寒冷前線により東海道線は大垣駅で運行抑止となり足止めとなりました。

4月13日(土)には、淡路島地震(M6.3)により、米原駅から先には行けず自習室の利用を断念することになり、自習室が利用できない期間がしばらくありました。

4月半ばには最端エスキース・コードが出版されました。自習室を利用していた3月には、印刷前の念校という最終確認用の原稿を見せて頂く機会がありました。

チェックをした原稿を再度チェックする。この姿勢にも深く感銘を覚えたものです。

参考ブログ
2013.2.19 添削は、図面が返ってきた時を半ばとす

 

5 季節は春から夏へ

 6月12日、いよいよ設計製図試験の課題発表です。「レストラン併用住宅」でした。

店舗併用住宅になるだろうと予想していましたが、いざ発表があると動揺するものです。

気になったのは、平成19年の「住宅地に建つ喫茶店併用住宅」のランクⅣが25.2%であり、

完成した受験者の一方で未完成の受験者が四分の一を占めているということでした。

また、計画の要点などの記述において、“特定の要求室”の配置とした理由と動線計画において工夫したこととなっていましたが、

“建築物及び敷地”となりました。

「知識及び技能」を判断する試験であるから、ある程度、新制度初試験となった平成24年の問題と似た記述が要求されるだろうと推測しました。

平成19年の作品集を購入し、平成19年の試験当時のブログや皆さんの書き込みを参考にしつつ、自分なりに「レストラン併用住宅」の出題意図、

どの部分の理解や計画力を試したいのかということが朧げながら分かってきました。

参考ブログ
2013.5.29 設計課題はあくまで題材に過ぎず
2013.6.4 難しかったらどうしよう
2013.6.6 求められる作図レベル

 

6 いよいよ学科試験、そして東京講習会

  1. 学科試験は知識の紐付けでスルスル解ける

 平成24年に学科試験に合格しているのに、学科試験の延長線上に製図試験があるとの信念のもと学科試験から受験しました。

一度は合格できているという安心感もあり平常心で取り組んだのがよかったと思います。

試験が終わった時点で大丈夫との確信がありました。

  1. 東京講習会

 たった一日で何ができる。一日で出来ることは知れているのですが、不安を一蹴するには充分すぎる講習会でした。

この時の自分のノートの一部を抜粋します。

・ チェックが確実にできるようにする

・ 普段からやらないと本試験ではできない

こんな事も書いてあります。

・ 作図完成してチェックできれば、採点者は減点しようと思ってもできない

  1. 木造建築士学科試験(7月28日)

 木造建築士はナゾが多い。学科試験の過去問すら入手が難しい試験です。

市販のテキストも殆ど無いため自己流の研究ノートを作り部材や継手、仕口の名前を覚えたり現場の見学に行ったりしました。

やはり二級建築士の学科試験対策ができていれば大丈夫なようです。

 

7 シンクロ模試(8月31日)

 いよいよ設計製図試験を目前にし、シンクロ模試となりました。さすがに模試となると分からなくて苦しいし頭はシビれてくるし時間も足りないという状況です。

しかし、自分だけでなく日本全国の最端8期生が同じ状況にある訳です。

この苦しみを乗り越えよう。乗り越えた先どうなっているかわからないけど踏ん張っていこうと決意しました。

採点終わって戻ってきた図面はビミョーでしたが。(苦笑)

 

8 試験前日、直前ですが自習室で勉強してもいいでしょうか

9月14日、いよいよ試験前日となりました。しかし、漠然とした不安がありました。

平成24年の年末、ランクⅡといじけていた自分

その悔しくやりきれなかった気持ちでいたあの頃

しかし、35年ぶりに合格率が30%を切った学科試験を突破した訳で、学科試験と比較すれば、設計製図試験の受験者の50%強上位に入れば合格できる。

そういうモヤモヤとしたままでいるよりは大阪に行った方が良いと判断したわけです。

試験前日にもかかわらず快諾して頂き感謝の気持ちでいっぱいです。

 

9 乾坤一擲、再び設計製図試験に挑戦(平成25年)

(1) 二級建築士設計製図試験(9月15日)

  台風18号の接近で試験実施がどうなるかとやきもきしながら当日を迎えました。

建築技術教育普及センターのホームページには試験は実施との文字、風雨の状況から交通機関に乱れが生じるなと判断し、

予定より早めに試験場最寄り駅に向かいました。4月に寒冷前線や地震で思わぬ抑止から得た経験からの判断でした。

(試験場最寄り駅に着いた頃には在来線に遅れが生じ始めていたので判断は間違っていなかったです。)

  とは言うものの、試験開始まで3時間以上あります。駅の構内で雨宿りをしつつ最端エスキース・コードを読んだり、一階を床スラブにした矩計図を書いたりしました。

(やはり手を動かすのは緊張がほぐれて良いです)


  会場に移動するとそこには去年資格予備校で一緒に勉強していた仲間がちらほらと、

今年は最端製図.com一本で頑張ると決意し資格予備校の仲間とは袂を分かったとはいえ、

お互い雪辱を期すべくこの場にいるわけですから健闘を讃え合いました。

徐々に緊張してきました。

さて、教室に入り自習室に通っていた時と同じ様に製図板をセットします。時計もいつもと同じ位置にスタンバイ、そしてサンダルに履き替えます。

少しでも緊張をほぐす為には“いつもと同じ”状態に持っていくのも作戦です。


  試験開始、問題用紙をザッと見て「今日は食器棚と小屋束が無いな…」、

そう、最端製図.comの課題では見落とし防止の試練として、課題によって特記事項に食器棚と小屋束を記入要求する事がありますが今日はありません、

まさに練習は本番の様に・本番は練習の様にと幸先良くスタートしました。

  設計主条件の確認です、具体的な記述と抽象的な記述を確認、そして敷地形状を踏まえて機能図の作成をします。

屋外施設の要求が多かった事から配置・動線計画が採点のポイントになると判断しました。「計画の自由度を高めた条件設定」とはこの事か…

屋外施設の配置計画に苦戦しましたが、去年の様に二時間もエスキースをやる事は無く、約一時間で終え面積計算をし再度条件を確認し一旦トイレへ…。


  矩計図を描く段階になって、1階(レストラン部分)及び2階の外壁を含む部分とし、1階又は2階の少なくともどちらかに開口部を含むものとする 

という条件にあう切断位置が無く顔面蒼白となりました。

落ち着いて読めば難しい要求ではありませんがエスキース時点で切断位置まで検討しなかったのは不覚でした。

既に平面図・立面図・二階床伏図兼一階小屋伏図の描図が終わっており今更の修正は出来ません。

とっさの判断で切妻屋根から寄棟屋根に変更し立面図を修正し切断! 2階の外壁は開口部が無い目新しい矩計図となりましたが、

他は練習通りの矩計図を書くことが出来ました。

しかし、試練は再び訪れます、チェックを何度もしたにも関わらず、設置階適宜で唯一の床面積指定のある納戸の書き忘れです。

残り時間は1分弱!欠落より面積不足のほうがマシと判断しフリーハンドで震えながら平面図と床伏図に書き込み試験終了となりました。


(2)木造建築士設計製図試験(10月13日)

  二級建築士と違って難易度がグッと上がるのが木造建築士設計製図試験です。二級建築士より簡単とか三級建築士等々揶揄されるのですが誤った認識です。

今年の試験は寄棟屋根ということと、新しく一階の和室は真壁構造とする、耐力壁は平面図に片筋かい・たすき掛けの区別を考慮したうえで記入するという

難しい試験となりました。

エスキースを考えなくて良い分精度が高い書き込みが要求されます。

問題文の具体的な要求から採点のポイントが推測出来、軸組図は最端製図.comで学んだ事を応用しました。

チェック時間もしっかり確保でき試験終了時点で合格を確信しました。

参考ブログ・メールマガジン
2013.6.13 メールマガジン
2013.6.22 今日のお話はあまり参考にならないかもしれませんが(←私には大変参考になりました。)
2013.8.2  図面が汚れる~



10  さいごに

  12月5日の合格発表、木造建築士の合格発表はインターネットですぐ見たのですが、二級建築士の結果発表を見るのは勇気が要りました。

しばし時間を置いて結果を確認し無事合格を確認しました。

二級建築士設計製図試験が終わり再現図を書いて暫くすると、不合格ではないかという思いが大きくなり神無先生には何度もメールをしました。

神無先生からは「考え過ぎです」「来年の事は結果が出てから考えましょう」と返信を頂きました。

『二級建築士と木造建築士の同時合格!両方とも学科から受ける!』という目標を年始に立て達成する事が出来ました。

周囲からは二兎を追うもの一兎を得ずだから二級建築士だけ頑張れ!や二級建築士は製図からにして学科の勉強は無駄だから止めたほうがいいと言われた事もありました。

  逆に言うと設計製図試験で不合格になったのは学科試験から受けて力が分散した、木造建築士まで受けたのが悪かった、

二級建築士の設計製図試験からにしておけば合格出来た。等々言い訳が出来ますし逃げにもなります。

これだけは避けたいと考え思い付く限りの勉強や資料の収集・分析を行いました。

神無先生は何も言わずやりたいようにさせていただいたのが一番ありがたかったです。

“もし”自習室に来ないで自分で勉強して下さい  と言われてたら

本試験前日には体調管理に努めて大阪まで来なくていいですよと言われて“たら”

合格出来ていたかどうかは分かりません。

 

平成25年の二級建築士設計製図試験の合格者数は4864人(前年6115人・前年比1251人減)と5000人を切りました。

合格間違いないと思った合格ではなく、もしかしたらランクⅡかもと思いながらの結果発表でした。

合格不合格は紙一重のところで何とか踏み留まったのでしょう。

従って紙一重で不合格になって沈んでいる人もいるはずです。

自分自身がかつて同じ様に敗因の心当たりが無いまま沈んでいただけに手放しで喜べない気持ちもあります。


建築士法第2条の二級建築士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、建築物の質の向上に寄与するように、

公正かつ誠実にその業務を行わなければならない

とあります。建築士法の立法趣旨を鑑み、縁あって合格出来た二級建築士と木造建築士として恥ずかしくない人間になるべく

今後も業務に関する法令及び実務に精通出来るよう勉強していきたいと思います。

その時はまた神無先生をはじめ最端製図.comに教えを乞いたいと思います。

長い合格体験記となりましたが、後進の皆様の学習のお役に立てればと思い書かせて頂きました。ありがとうございました。