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佐賀県 未夏さん 合格体験談「資格を取る!~娘達への思い」

 

合格体験談 「資格を取る!~娘達への思い」

 

 神無先生、スタッフの皆様、

2年間、本当にお世話になりました。

こんな出来損ないの私を2級建築士試験合格という素晴らしい結果に導いて下さったこと、

心より感謝しています。

今回、その感謝の気持ちをどうしてもお伝えしたく、

そしてまた、これから建築士を目指そうとしている皆様、特に家庭を持ちながら働き、

且つ建築士を目指す女性に何か少しでも参考になることがあればと思い、体験談を書く事にいたしました。

拙い文章ですが、少しでも思いが伝われば幸いです。

 

•  甘い考え

平成 20 年2月、体調不良の為、某通信会社を退職するはめになりました。

通信業界の前は、土木工事の営業と施工管理を 13 年間していましたので、

この経験で転職は何とかなると高をくくっていたのも、退職を後押ししてしまったのです。

しかし、幾つ応募しても応募書類は返却されてくるばかり・・・。

「やってきました」という実務経歴だけじゃ採用してくれない。

面接にさえこぎつけない。生活できない・・・。

その時やっと気づいたんです。

履歴書で自分をアピールできる資格が無い・・・

 

 

•  資格を取る!

当時高校 2 年生になる長女には、彼女が中学生の頃から

「自分はこれだけは誰にも負けない!そんな手に職を身に付けるために、目的を持って勉強しなさい」、

そういい続けてきました。

しかし、この状況下にあって、当の私はそんな偉そうなこと長女に言い続けること出来るのか???・・・。

お母さん、これじゃいかんでしょ!

短大受験以来、勉強らしい勉強は殆ど皆無。

しかし、何とか「国家資格」なるものを手に入れたい。

娘達に何とか面目を保ちたい。

そして、母があなた達の羅針盤になってあげる!

そんな大義名分を掲げて建築士の資格取得を決意したのでした。

 

•  一年目の不合格

平成 20 年度、学科試験。

独学ではありましたが過去問の反復で何とか学科試験は一発合格しました。

それから 1 ヶ月間、某職業能力開発機構の建築設計科に失業保険を戴きながら通学していた私は、

必死に描きました。

そう、パターンを覚えるために、

がむしゃらに描きまくったのです。

「描け!とにかく描け!描いただけスピードアップするぞ!」

そんな先生の言葉を信じて・・・。

 

12 月、結果発表。

不合格。

「やっぱりか」。

「まだ 2 回受けられるし」。 

「また、がむしゃらに頑張れば何とかなるさ」。

全く手ごたえ無し、というか問題を解くという作業さえさせてもらえなかったというのが

試験後の実感でしたから悔しいという思いも無く、こんな軽い気持ちでいたのでした。

そして、この時点でも、何が原因で不合格になったのか、それすら分からずに、

そして敗因の分析すら出来ていなかったのです。

わずか、一ヵ月後に衝撃の事実を知るまでは・・・ (^_^;)

 

•  最端製図との出会い

ホントに何気なくネットで検索してたんです。

何か良い情報ないかな、そんな軽い気持ちで。

「2級建築士」のキーワードでいくつかのサイトに辿り着いたのですが、どれもこれも何かごちゃごちゃしてて、

チカチカ点滅するバナーばっかりで何が何だか、何を言ってるのかさっぱり分からない、

もういいやって、パソコン閉じようとしてた時、最後にクリックして開いたのが最端製図のホームページでした。

 明瞭・簡潔、スッキリしたホームページ。分かりやすい!!

「へえ~・・・お試し添削なんてあるんだ!」

初めて知った「通信」という勉強方法。

家事しながら、仕事しながら、自分のペースで自分の都合のいい時に、

逆に勉強をするために自分のペースで時間を作ることも出来る!

「とりあえず、お試しだけでも一回やってみようかな。。。」

 

申し込んですぐ、神無先生からメールが届きました。

「同じアラフォー世代ですね。頑張りましょう。 (^o^) /」。

「少し間があいていますので、ちょっと大変かもしれませんが、頑張って下さい。

「振込みは都合のよろしい時で構いませんよ。そんなに急ぎませんので。」

 

「えっ?イインデスカ?」・・。

 

「何かいい感じ( (^_^;) )。これだったら家事の合間にでも気楽にやれるかな」。

ほどなく教材が届き、不合格くらった木造課題に再度取り掛かることに。

しかしこれがまた何とも無残。

エスキースも仕上げられない、と言うか、

パターンを覚えて問題にあてはめる、ということしかやっていなかった私には、

エスキースをするという作業も殆ど初挑戦に近い状態、何から手をつけたらよいのか分からない。

作図はといえば何度も何度も描いては消し、描いては消しの繰り返し。

9 時間近くもかかり、やっとの事で何とかお試し課題完成。

ってか、完成とは決して言えない、何とも情けない図面が出来上がってしまったのでした。

不安で不安で仕方なかったので、図面を送る前に先生に連絡メール。

 

ぼろぼろでしたか、でもそこで終わってはいけませんよ。」

「一つ一つ弱点をやっつけていきましょう。わかっていれば対策も練りやすいですよ。頑張っていきましょう。 (^^) v」。

 

そんな先生の温かい励ましメールをいただき、何かちょっとやる気が湧いてきて、

前半戦から最端製図にお世話になってみようと決心しました!

最初は一年で卒業の予定だったんですけどね (^_^;)

 

 

•  敵を知る、いや知ってしまった。。。?

お試し添削(前半戦第一課題)は、どこから読み始めたらいいのか分からないくらい真っ赤っかになって返ってきました。

「・・・・・・・・・・・・」

一度添削図面を開いてみたものの、どうしたらよいか分からず、

一旦ご丁寧にたたんで、また元の封筒に戻したまま、何日か放置してしまいました。

今思えば、そんなことを無意識にやってしまうくらい自分の実力を思い知らされるのが怖かったのだと思います。

そもそも製図試験に、何で勉強が必要なの?描けばいいんでしょ、描けば・・・!

ってしか思っていなかった私。

 

エスキースコードを初めて読んだときには、天と地がひっくり返るくらいの衝撃を受けてしまったのでした。

「へぇ~、、、、!」

「はぁ~!!」

「なるほどね、そーゆーシステムだったのね」!!!

 

一行読み進めるごとに機関銃で次から次に胸を打たれるような衝撃を受け続け、

読み終えた時には、どっと疲れを感じてしまうほどでした。

 

「そりゃぁ、不合格になるはずよね・・・・・」

 

目から鱗。

私の中から、ぽろぽろと、そして次々と理由の無い思い込みや先入観が剥がれ落ちていきました。

がむしゃらに描いてパターンを覚えるという勉強法が間違っていた と、やっと気づいた瞬間でした。

 

「こりゃ、効率よく勉強せんばいかん!!」

しかも

「楽しく」

って、書いてある。

そんなことできるの?

 

 

•  2 回目の不合格

2年目、RC課題。

構造の理解が大切なポイントとなる課題です。

あーるしー??

    知らんし・・・・・

 

私、構造がとても苦手なんです。こっちから見えるやつが、あっちから見たらどう見えるかとか

〝イメージ〟ができないんです。

この課題の勉強をしていて、構造の部分で引っかかってしまう時ほど右脳の弱い自分を呪ったことはありませんでした…。

理解に困って何度も先生に、それも勝手に画像つきの質問メールを送りつけて、

その度に先生は私が理解できるまでかなり根気良くつきあって下さいました。

ほんとに先生の我慢強さというか、辛抱強さというか、粘り強さには頭が下がります。

お陰さまで少しずつですが、苦手な構造の勉強も捗りはじめました。

 

一方で、試験のシステムは理解できたものの相変わらず「がむしゃら」癖がまだ真から抜けきっていなかった私は、

一つの課題に 3 回くらいエスキースと製図→先生に送りつける (^_^;) という事を繰り返していました。

ありがたいことに先生から「がんばったで賞」を頂いたのですが、

今考えると、この勉強方法が二回目の不合格を招いたのだと深く反省しています。

効率よくという意味がまだよく理解できていなかったんです。

そして「リベンジ癖がつきそうな・・・」という、先生のコメントを軽く考えて突っ走り続けたのです。

 

この間、大阪講習会には泊りがけで行かせてもらったし、先生のご指導のお陰で、

劇的に作図スピードも上がったのですが、家事もそこそこに勉強ばかり。

娘達が色々我慢してくれていることも片目を瞑った状態でした。

ごめんねと心の中では呟き、寂しい思いをさせているかなとは分かっていたものの、勉強を優先させてしまっていました。

この事がいい意味で、翌年の勉強法改善に役立ったのでした

12 月。

    2回目の不合格。

 

神無先生に、泣きながら電話しました。

   ごめんなさい、フゴウカク・・・・・

 

でも、本当にゴメンナサイを言わなければならなかったのは家族にだったのかも知れません。

 

 

•  試験勉強は効率よく、楽しく!

3年目、角番。

そう、カドバンです。

2年目の反省を踏まえて、リベンジ図面は描かないと決めました。

本番はリベンジできませんからね。

課題は一発勝負、全て本番と思って真剣に挑戦

課題に取り組んでいるという甘えや妥協は頭から一切排除しました。

 

そして私なりの試験対策を明確に打ち出しました !

 

①エスキース

エスキースはルールのあるパズル。

あくまでも機械的に作業する。

「これでも間違いではない」という妥協の勇気を持つ

 

②チェック方法の確立とチェック時間確保

確実に赤ペンで消し込みを行いながらチェックする。

エスキース中、製図中、製図終了後

何度でも問題文を確認チェックする。

 

③復習の徹底

添削図面が戻ってきたら復習を重点的に行う。

次回は同じミスをしない(実際はやってしまってましたが・・・)。

 

④疑問点の解決

分からないことをそのままにしておかない。

 

⑤情報の取捨選択

雑音は気にしない。

欲張って情報を集めすぎると、迷いや間違いの元になる。

自分に不足していると思うことだけを上手に取り入れ、 情報の取捨選択 をする。

大阪講習会に参加したとき神無先生から「情報は取捨選択せんとあかんねんで」と言われたにもかかわらず、

出来なかった前年の反省から。

 

⑥時間を決めて集中して勉強する

 

勉強って不思議です。

こうやる!って決めてやって、それが出来たら楽しくなる。

楽しいから、またやろうと思う。

結果、効率よい勉強に繋がり、ここに来てやっとその意味を知ったのです。

 

そして、「勉強とそのほかの事、メリハリをつけよう!」

前年の反省から、これが最後の本試験までの 9 ヶ月間、私の心の中の口癖となりました。

 

•  本試験当日

緊張というより何故かリラックスしていました。3 回目ともなるとこんなものでしょうかね (^^)

当日は神無先生に頂いた魔よけの刷毛と赤ペン、

それから「合格する 合格するという気持ち 頑張れ」のカードを筆箱に忍ばせて、

これまたお守り代りに持って行きました。

〝試験開始前から試験は始まっている〟の言葉を実践。

開始数分前からプランをイメージしました

・・・おっと、思い込みはいけない、いけない。

エスキースは自分の時間内 57 分。チェック 10 分。よし!

しかし!平面図作図途中、問題発生!

えっ ?  浴室と洗面脱衣室が 1 階に 2 箇所あるやん!

リラックスしてるつもりだったんですが、実はやっぱり緊張してたんでしょうね。

で、まさかの修正事態。

しかし、これも今年の練習最大の成果と言いましょうか (^_^;) 、

結構、慌てずに対応できました。

そう、「いつも本番だと思って取り組む!」

この練習方法が本番でそのまま実践できたのです。

今考えても、不思議なくらい落ち着いて対応できたんです。

 

 やれやれ。

しかし!またしてもやらかしてました!

14 時半頃、

「何だあと 2 時間あるやん」と思って余裕こいて梁を描いていました。

そう!伏図の途中で試験時間をあと 30 分長く勘違いしてたのです。

先生がおっしゃっていた

「毎年必ずおられます。 4 時ではなく 4 時 30 分までと思っている方」。

まさしくその「思っている方」になってしまってたんです。

まずい!!

 

猛ダッシュで伏図を描き、立面を仕上げ

( 私は平面→伏図→立面→矩計図の順番で描くようにしました。平面のすぐ後に伏図に移ると、

平面のイメージがまだ頭に残ってるから伏図が描きやすい、というアドバイスを聞いたからです。いいですよ、これ )

 

矩計図はこれまでで最速の 30 分で仕上げました。

必死で描き続け何とか 25 分のチェック時間を確保。

参った・・・。

やっぱり魔物は棲んでいた・・・・

そしてチェックの時間。

やりましたよ! 25 分の間に、目ん玉カッと開いて、〝確認、チェック〟→〝確認、チェック〟の繰り返し。

一個ずつ呟きながら、先生から頂いた赤ペンでビシッ!と消し込みをしながらやりました。

再現図では色々間違いが出てきましたけど、要求された物の書き込み漏れだけは無かったと自負しております。

これだけでもかなり減点をカバーできたと思います。

 

 慌てて描いた伏図が不安だったので再々チェック、その途中で試験終了のチャイムが鳴り、

最後の挑戦が終わりの時を迎えました。

「合格しますように・・・・・」。

 

魔よけの刷毛で何回も何回も図面を刷きました。

この時点では、それほど悪い感じはしなかったのですが・・・・・

 

 

■最強の『喝』・・・次女がくれた言葉

 自宅に戻ったら色々間違いしたのではないかと気になりだし始め、

「ダメかもしれん・・・・・」とポロリ。

すると次女が

ダメだと思っていたら、ほんとにダメになるよ!!」

 

やってきた事、自分を信じなさいって事ですよね。

小学生4年生の娘に教えられました。

 

それでやっと先生にお礼のメールを送ることが出来たのです。


 

•  家族、応援してくれた皆さんに感謝

計らずも長期に及んでしまった勉強期間中、同居の実母、主人、長女には何かと助けてもらいました。

無事合格できたのは家族みんなの協力のお陰です。

本当にありがとう。

 

長女よ、お母さんこれからは「手に職」と胸を張って言えそうです。

 

それから、応援してくれた会社の皆さんにも心から感謝です。

支店長からは大宰府天満宮のお守りまでいただいたりしました。

 

そして次女、寂しい思いをさせてごめんなさい。

ろくに遊びにも連れて行ってあげられなくてごめんね。

 

「母さん、今日ね、あのね、学校でね、、、、、」

「ごめん、悪いけどこれが終わった後にしてね・・・」

「・・・・・・」

こんなやり取りが続き、課題を解きながら何度も心が締め付けられそうになりました。

しかし、それでも彼女は製図勉強にとりかかる私にいつも、

「お母さん、勉強絶対頑張ってね!」。

「試験、絶対合格してね!!」

と、よく声をかけてくれました。

 

「うん、お母さん絶対合格するけんね!」

 

心の中では涙ぽろぽろでした・・・・。

 

 

最端製図に感謝

先生から「お礼はもういいですよ。」と言われましたが (^_^;) 、

最後に( ? ) (^_^;) もう一度、言わせて下さい。

 

神無先生、スタッフの皆様、本当にお世話になりました。

あんな真っ赤かの添削図面から 2 級建築士試験合格へと導いてくださり、

心から感謝しています。

素早い対応、適切なアドバイスに加え、理解力(特に構造)の無い私に理解するまで根気良くつきあってくださり、

果ては九州講習会の希望も叶えてくださり、ホントに何といっていいか、言葉も無いくらいに感謝しています。

2 年間あっという間でした。

特にこの一年は勉強も楽しく、もう二度と最端製図に図面を提出することは無いのかと思うと

すごく寂しい気持ちですが、最端製図の卒業生として胸を張って建築士を名乗っていこうと思います。

本当にありがとうございました。

 

神無先生、スタッフの皆様どうかお体を大切に。

そして今後益々のご活躍を心からお祈り致しております。

 

「最端製図、バンザイ!」          

 

未夏