くま吉 奮闘日記! ~アラフィフ・シングルマザー 二級建築士への道~
その日、私は途方に暮れていた。
二級建築士になる夢を諦めかけていた。
二年前、資格学校へ通い猛勉強したが、学科まさかの不合格。
昨年は独学で勉強して、晴れて学科合格!
製図のみ又、資格学校へ通い猛特訓の末、製図試験を受けるも結果はランクⅢ。
もう一年、大金を払って資格学校の世話になるしかないと思っていた。
幸い別れたダンナのマーさんが、資格学校代を払ってくれるなんて言ってくれていた。
・・・がしかし、息子の太郎が大学受験に失敗。
奨学金の手筈も整い(ひとり親で低所得だからそこはね)、手続きをするだけだったのに・・・
まさかの浪人生活の幕開けだった。
「オレだって資格学校代払うつもりだったよ。こんなになったのはオレにも責任があるからな。
でも太郎が浪人になった以上、予備校代は払わなきゃならないし・・・オレもそんなに余裕ないしなあ。」
太郎の養育費はマーさんが見てくれることになっている。
(そりゃそうだ・・・仕方ない。二級は諦めるか。もともと建築学校を出たわけでもなし、今年はやったことのないRCだって言うし、
資格学校に通わなきゃ合格は無理だ。)
数年前、ダンナだったマーさんと建築関係の会社を立ち上げて頑張ってきた・・・が、
会社は倒産。
私達一家は引っ越しを余儀なくされ今の地に辿り着いた。そして離婚・・・波乱の年月だった。
たまたまマーさんが二級建築士で建築関係の会社をやったから・・・知識も何もなかったが、
私も二級建築士を取ろうと決意して資格学校へ通っていたのだった。
現在、アラフィフの私。知り合いの設計事務所と工務店の二か所に拾われるようにして、
それぞれ三日ずつ週に六日のアルバイトで生計を立てている。
二十代半ばの長女のあんずも現在アルバイト。大して稼いでない。おまけに彼女、ややウツ気味だ。
三人家族で、浪人生一人 フリーター二人なんて、シャレにならない。
何とかしなければ・・・このままこんな生活をしていては・・・
いつも思う、でもどうすればいいのか・・・
就職しよう! この際、職種は問わない。就職出来れば。
CADも大して出来ない。建築の知識も大してない。建築士になるなんて夢は捨てて、
普通の事務職でいい、普通に社員として働ければ・・・
ハローワークに通ってせっせと就活をする。
結果は、完敗!
そりゃそうだ。自分でも恥ずかしくなる。普通に考えれば分かる。PCもとりあえず使える程度。
Word、Excelも多少出来る程度。何かにすごく特化しているわけではない。
スペシャルなスキルがあるわけではない。そしたらどうだろう、20代と50代・・・
どちらを採用するか? 大した能力もないアラフィフの方を採用するだろうか?
まともな経営者なら採らないだろう。私が経営者だってそうだ、絶対に私は採用しない・・・
就職は諦めよう・・・どうなるのだろう、私は・・・
アラフィフで完全に人生、迷走している。
その時、その時で一所懸命生きてきた筈だった。
でも蓋を開けてみれば支離滅裂な人生を歩んで、気が付いたら地面を這いつくばるように生きている。
このまま、這い上がれないのか・・・
一歩前へ踏み出して、前進したいと思う。
しかし二級建築士不合格が、何か私の足かせになって前へ進めない…そんな気がする。
やはり建築士の夢は諦めるか・・・いつも堂々巡りの悩み。
絶望的な気持ちになる。
ゴールデンウィークも終わった。
とりあえず申込みだけはしたものの、二級建築士受験は決めかねていた。
お金がないから、資格学校へは通えない・・・
独学で受かるような生易しい試験じゃない。
独学で受かった人とかいるのかな?
試しに検索してみる、「独学・二級建築士」のワードで。
ゴロさんて人のサイトが出てきた。そこには最端製図とやらで二級建築士に合格した いきさつが書いてある。
(スゴい・・・独学で受かるんだ・・・)
「最端製図.com」、検索してみる。
出来るのだろうか? 私に。料金は・・・? 何とかなりそうな金額だ。
有り金かき集めれば、何とか支払えるのではないか・・・
でも・・・受かるのか? 所詮無理なのでは・・・私の力では・・・
再チャレンジする勇気がなかなか出ない。
ええい、ダメもとだ! メールで問い合わせてみる。
「はじめまして、くま吉と申します・・・」
その日のうちに返信が来た。
「・・・今年は何としても昨年のリベンジを果たしたいですね。 頑張って下さい。」
最後にそう書かれていた。
信用しても大丈夫そう、誠実な文面から直感的にそう思えた。最後に名前が書かれていた。
神無修二・・・それが「最端製図.com」と、神無修二先生との出会いだった。
清水の舞台から飛び降りる勢いで申し込みをする。
すぐに教材が届けられた。箱にきちんと収まって。
テキスト、用紙、その他・・・
プラス 最端エスキースコードという教科書と三種の神器(DVD、製図テキスト、定規)も。
何だかんだ忙しくて、本格的にやり始めた時は6月半ばだった。
RCについてテキストを読んでDVDを観る
解りやすい。RCは初めてだけどこれなら理解出来る。イケそうな気がする。
・・・とはいうもののRCはなかなか手ごわい。断面図の梁が今一よく解らない。
初めての課題ではやたらと時間がかかった。とても5時間どころの話ではない。
やっとの思いで送ると、2~3日して添削されて戻ってくる。
真っ赤に書き込みがされている。おお、なるほど! 結構イケた!と思った図面も単なる自己満足の世界。ぜんぜんイケてない。
それでも先生が2人がかりで添削してくれて、細かいところまでよく見てくれている。
ホント痒いところに手が届くような感じ。
受講生のサイトがある。そこを見ると、みな課題について活発に質問している。
梁についても見逃していたが、小梁の質問とかでエッて感じ。
生徒達の質問とかで初めて気づかされる事も多い。
何か一人でやっているんだけど、神無先生を中心にみんなが繋がっている感じだ。
年長者の人も結構いる。
老眼鏡率もけっこう多いみたい。私もこの度老眼鏡デビューをした。ずっと抵抗があったのだけど、
背に腹は代えられない。先生もチョイ老眼らしい・・・何か親近感がわく。
若い頃は宵っ張りの朝寝坊だったが、今は年のせいか断然朝が強い。
夜は大体6時に仕事を終え、買い物をして帰ってくると7時は過ぎている。
それから夕食の準備、夕ご飯はたいてい8時を過ぎる。
食べてから片づけてお風呂。もう図面を引く元気もない。
なるべく10時までに寝るようにする。朝は4時に起きて6時まで2時間やるようにしている。
日曜日は一日製図板に向かえる。製図は嫌いじゃない。特にエスキスは好きだった。
うんうん考えて納まった時の、パズルがハマった様なあの感覚が楽しかった。
でも図面はきれいに描けないし、早くもない。私の課題だ。特に立面図、断面図。
それでも資格学校へ通っている時より、遥かにリラックスしてのびのびと勉強出来た。
学校へ通っている時は、週に一度の学校がホント憂鬱だった。
やらされている感がハンパなかった。一日中。
そして鬼のような課題、やってもやっても追いつかない。それでも必死でこなしてた。
矩計図なんか何十枚描いたことか・・・
描いて描いてこれだけやったんだから、絶対受かる!と信じていた。なのに・・・
夏になる。ここ二年、私はセミの声を聞きながら汗を拭き拭き図面を描いている。
来年はどんな夏を過ごしているのだろう。
夏の間、最端生は四つの課題を終わらせる。いずれも赤く添削されて戻ってきた。
そして8月29日、いよいよ本番さながらの「シンクロ模試」。
この日最端生は一斉に11時、試験に挑む。
私もこの日はいつもの居間の座卓ではなく、太郎の部屋の勉強机を借りて挑んだ。
下に新聞紙をひいて靴まで履いて、少しでも本番の状態に近づけるようにした。
臨場感を出さなきゃ。
みんなも頑張っているだろうか。そして・・・
初めて時間内に納まった。内容は別として、少しの自信につながった。
9月に入り、試験まであと数日。私はナーバスになっていた。
(やっぱり私、ダメかもしれない・・・ いつもなぜかあと一歩のところでダメなような気がする。
私の人生、所詮上手くいきっこない。)
どんどんネガティブな思いに支配されて、気が滅入っていく。
思い余って神無先生にメールする。
「今、ちょっと不安になってます。
昨年の事がトラウマになって・・・」
やがて先生から返信が、
「ふだんの自分の力が出せれば大丈夫ですよ。
それ以上の力は出す必要はありません。
自分を信じて、試験を楽しむくらいの感じで臨んで下さい。」
そうだ! 楽しもう。こんな機会はないんだから。リラックスして楽しまなければ。
少し気持ちが軽くなる。
本番当日。いつもの受験生のサイトに神無先生の書き込みが入っていた。
私と250人の仲間が一緒に頑張っています。と・・・
そしていよいよ本番・・・
楽しもう! と思っていたのに、メチャクチャ緊張した。
仕上表から書き始めたのだけど、手が震えて上手く書けない。何度も消しゴムで消す。
何とか時間内には仕上がって、見直す時間はあったが、あっという間の5時間だった。
達成感などなく、何とも苦いような重たい気分で帰宅した記憶が残っている。
家に帰ると、珍しくあんずが夕ご飯を作ってくれていた。ありがたい。
そうそう言い忘れていたが、あんずは私と同時期に就活をして、とりあえず採用が決まり現在正社員として働いている・・・
相変わらずウツが入って病んでる状態だけど・・・
夜、復元図面を描いてみるが、何か階段とかウル覚えだし今一よく覚えていない。
もともと無い自信が余計になくなっていく。
日が経つと自分のミスがけっこう明らかになる。
二階の野外スペースの上に部屋を設けた!
エレベーターシャフトを床面積に算入した!
もはや致命的だ。アウトだ。終わった・・・
恐る恐る「最端.com」のサイトを覗いてみる。
みんな自分なりの評価を書き込んでいる。
私も書き込みを入れる。
「今は、情けないやら、後悔やら、申し訳ないやら・・・
気持ちを何とか前向きにと思うのですが、気が付くと悶々としてます。
でも、本当に最端に出会えて、先生方や皆さんに出会えて本当に良かった。
たとえ結果がどうであれ、頑張ってきた日々は決して無駄ではなかった・・・
そう思いたいです。」
そして先生のコメント。
「くま吉さん
緊張はどうしようもないですね。
でもあまり自分を追い詰め過ぎないで下さい。
とりあえず12月の結果が出てから、その後のことを考えればいいと思います。
頑張ってきた日々は、決して無駄にはなってないと思いますよ。」
そうだ! 人生に無駄なことなど一つもない・・・そう思いたい。きっとそうだ。
たとえ結果がどうあれ、私のしてきた努力はきっと何かの糧になる。
だから、たとえ結果がダメでも大丈夫・・・
一人、なぜだか泣けてくる。静かに残暑の夜がふけていく。
私は、前へ進むことにした。
昨年は、結果がダメで、落ち込み過ぎて時が止まってしまったみたいだった。
結果が出ないと一歩先へと進めない気がした。
でもそれは思い込みにすぎない。
結果がどうあれ私は前へ進む。
就職という型だけが全てではない・・・と思う。
きっと違うやり方がある筈。
模索してゆけば恐らく辿り着くであろう、きっと。
何か、私にふさわしい違った道が・・・
やりたい事は山ほどある。
結婚も出産も子育てもそして離婚も・・・人生で一通りの事は経験してきた。
残りの人生で何が出来るだろう・・・
楽しもう! これからの人生を・・・
時は過ぎて12月。
12月3日は結果発表の日。私はネットを見なかった。
どうせ落ちているから。
その翌日12月4日。
仕事から帰ってきてポストを見ると見慣れない葉書が。
何だろう・・・開けてみる。
えっ、うそでしょ、合格って! 合格の二文字。
こんな葉書がくるなんて知らなかった!
ウソ~、私、合格している!
信じられない! 合格だ。諦めていたのに。
思わず太郎の部屋へかけて行く。
「ちょっとこれ見てよ! 信じられない。」
「へ~、ホント、凄いじゃん、おめでと!」
昨年はダブル受験でダブル不合格だった!
でも今年は・・・これで幸先が良い。太郎にも良い道筋をつけてあげられた。
来年の春には、太郎も東京の大学に行く予定だ。
そしたら私もここを引き払って、東京に進出するか~
あんずは念願の一人暮らしをするだろうし。
それまでに今のアルバイトを辞めても、何とかなるように考えよう。
数年前、持ち家を失った。
そして私は身軽で自由になった。
何かを失って何かを得る。
昨年、二級建築士の試験に落ちた。
でもそれによって私はこの「最端製図.com」と巡り合い、神無先生と知り合った。
他の先生方とも。そして共に頑張ってきた仲間たち。
RCを学ぶことも出来た。まったく知らなかった未知の世界、RC。
これをきっかけに、もっとRCの事を学びたくなる。今、居る事務所は木造専門だから。
そして、資格学校に通うしか合格する方法はないと思っていたのに、
道は必ずしも一つではないことも学んだ。
建築士だって様々だ。
建築事務所を構えて、設計するのを生業とする人もいれば、神無先生のようにサイトを立ち上げて、
勉強したいけどどうしたらいいのか分からず、途方に暮れている迷える子羊達を助けて多くの卒業生達に感謝される、
そんな建築士もいる。
私は、私なりの建築士を目指せばいい。
経験も実績もない。でも何か出来るはず、探していけばきっと見つかる。
そしてもしこんな私が成功したなら、夢を見ることを諦めてしまった多くの中高年の人達に希望を与えることが出来るかもしれない・・・
そんな途方もない夢が広がる。
まだ12月、冬はこれからが本番。長く寒くて厳しい季節がやってくる。
でもその先に、春は確実に訪れる。
そして・・・
私の物語もまだまだ続く。