「合格体験記」 おーしま
3 度目の受験でやっと合格しました、仕事は建築関係、40代主婦です
今年9月の本試験終了後、 資格学校に通っている友達からの電話、
「階段2個描いた?」
それを聞いた瞬間の絶望的な気持ち …
完全に見落としていました …
ただでさえ通用口の配置に苦しめられ、
不本意なエスキスのまま製図に踏みきり、
途中、備蓄倉庫をすっ飛ばしていたことに気付き、
大事にとっておいたサブエントランスを備蓄倉庫にあて …
そんなエスキスの上に、階段欠落 …
終わった ………
今年最後の受験と決めていました。
2年前、難病を患っていることがわかり、
去年でチャレンジはやめるつもりでした。
けれど最後の挑戦、大げさにいえば
ほんのちょっとだけ寿命を縮める覚悟で臨んだ今年の試験でした。
2年間、通信の大学で学び、受験資格を得て、3回目の受験。
病気を持ちながら、忙しい職場にいながら、子育てをしながら、
それでも欲しかった資格 …
私の体験談、参考になれば幸いです …
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合格するのにこんなに苦しむとは思っていませんでした。
職業柄、木造の構造には自信を持っていたのですが、
木造で2連敗、初の RC 受験となりました。
過去2年はまったくの独学で、市販本を頼りに
1年目30枚、2年目40枚描き、2年連続のレベル Ⅱ …
2度目落ちたときはかなりショックで、途方に暮れ …
独学では絶対受からないことだけは2年かけてやっとわかりました …
不合格となってから1週間、最端の HP を見つけ、じっと眺めました。
卒業生の体験談もじっくり読みました。でも …
安いのが逆に怪しく思え、
この体験談も自作自演では???
製図のひっかけ問題にはすぐにひっかかるクセに、
この時は半信半疑 …
でもメールだけしてみよう!
12 月半ばお試し添削を申し込みました。
けれど開講にはまだ間があり、
やはり学校に通おうか?他の通信添削か?
本試験のエスキスと練習図面を持って
資格学校の人に自分のどこがいけなかったか見てもらいました。
さんざんのダメ出しをくらいました。
図面がヘタで 印象だけで落ちた可能性がある 、とまで言われました。
更にほうぼうにメールし、散々考えているうちに何かやけっぱちになり、
資格学校に対する対抗心も芽生え、
お試しじゃなくて前半戦申し込んじゃえ!
ポチっと申し込みボタンを押して最端生活が始まりました。
第1回目の添削は、本当に真っ赤になって返ってきました。
エスキスで動線が錯綜していることを指摘されました。
更にスロープの方向なんて深く考えたことがなかったし、
要求図書の重要性もわかっていなかったことに気付き、
なんてノロマな2年間だったのだろう、と痛感しました。
1枚目の添削から、
これは!去年から出会いたかったな!と思う自分がいて、
いやいや、1枚目だからサービスして赤を多く入れてるのかも、
次の図面は違う先生が採点してうっすい図面だったりして …
などと意地悪く疑う自分もいました。
その後、もちろんどの先生の採点も素晴らしく、
本当に有難い思いに変わったことは言うまでもないことです、
しかも全ての添削に神無先生が目を通してくれるのです。
前半戦は全て、後半戦も二人の先生のうち必ず一人は神無先生です。
これは HP にもっと載せた方がいいと思います!
待ちに待った2回目の添削は、
初めての RC 図面のせいか更に赤を入れられていました。
嬉しいような悲しいような …
でも心底、最端に賭けてやっていこう!と決意した瞬間でした。
図面は、体調と相談しながら
短期集中でなく、長期にコツコツ描くことにして、
毎週1枚のペースで2月から週末を利用して描きはじめました。
用事がある週は無理せず、月3、4枚です。
1つの課題を提出した後、違うエスキスでもう1~2枚描き、
先生の平面図を1枚なぞり、その際の立面図と断面図は
手本を見ずに描き、最後に答えあわせをしました。
こうすると製図好きの人にみえるかもしれませんが、
私は製図が好きではありません!!!
2級建築士になりたいから渋々製図をするのですが、
こんなにパソコンが普及している今、何故手書き???
面倒くさいよ、と思いつつ自分を奮いたたせ、
4枚、5枚とコツコツ描きすすめ、自分で自分を褒めていました。
ところが6月終わりの東京会場で受けたシンクロ模試で衝撃を受けます。
私以外に4人の方が受験していましたが、
皆上手いのです。
枚数をこなしてきた私はそれだけで満足していて、
心のどこかで甘えていたことに気付きました。
今まさに
一緒にシンクロ模試を受けた受験生という同じ立場で描かれた図面。
それに引きかえ、、、
何、私の文字、、、何、私の線、、、ショボい備品、、、
見栄えのしない図面、、、、、、
ショックでした。
家に帰って速攻で、高いかな?と迷っていた最端の作品集を購入。
届いて、やはり皆の製図力の高さに驚きました。
9月にはここまで描かなきゃいけないのか!
でも、受験する人が本試験で描くレベルを知ることは
私に更にカツを入れてくれました。
作品集の図面は、
” 私の図面を見て!採点する人、私の図面を見て! ”
図面からのアピールがすごいのです!
先生が言っていた図面アピールはこれなのか!
去年までの私だったら、同じ図面をみてもアピールしていることさえ
気付きもしなかっただろうけど、
前半戦を終わって、図面を見る目も変化していたと思います。
もう、製図苦手なんていってられない!
猛烈に焦りました。
3年目だけど、
もう夏だけど、
でも線の引き方、文字の書き方から変えようと心を入れ替えました。
作品集はマーカを引き、テーブル・洗面所・門 … さまざまマネしました。
へなちょこ文字を改め、 AMEZO 先生のように書いてみました。
(あれでも実はマネしていたんです)
シンクロ模試後に提出した後半戦第1課題は渾身の1枚です、
先生は気付いてくれるだろうか?
いつもより緊張して返送を待ちました。
すると、
「別の人が描いた図面のようです」
との最大の嬉しいコメントをいただきました。
7月からは普段の添削と別に市販の問題集を3冊エスキスのみやり、
最端の課題集を申し込み、
お盆休みに今までの立・断面図をすべて復習しました。
平面図は120分強かかるものの、
立・断面図は50分を切るようになってきました。
残る大きな難関は、ひっかけ問題にすぐひっかかる自分です。
自覚していました、おっちょこちょいだと …
課題をこなしていくうちに先生の様々なトラップで鍛えられ、
最後の方はミスも少なくなっていたのに …
なのにやってしまった …
階段を2以上設ける ものとする …
本試験での大失敗 …
今年は成長したと思ったのに …
私の手から合格が逃げていくのを感じました。
合格が掴めそうで掴めなかった …
いや、掴めそうと思ったのも幻想だったのかもしれない …
最後の挑戦だったのに …
あまりの幕切れに、今までの5年間が頭を駆け巡り …
試験場からの帰り道、泣けてきました。
5時間の製図で髪はくちゃくちゃ、化粧も落ち、
気力体力ともに使い果たしたおばさん(少し太っちょ)が
肩から製図板を下げ、シクシク泣きながら歩いている姿を思うと
ヤバい!と思ったのですが、 涙が止まりませんでした。
電車の中では製図板の陰に顔を隠しションボリ帰宅しました。
自分を責め、すっかり意気消沈、
再現図を描く気力も当然なく、
毎日見ていたメンバーズサイトも試験日を最後に見なくなってしまいました。
発表日に自分の番号を見つけたときは、本当に信じられなかった
私がなぜ合格できたのか …
階段を1つしか描かない分、
エスキスが楽になり、それでも私にはかなり難しかったので
更に階段を加えるとなれば相当の難しさです。
合格は気が引ける思いもします。
他の要求事項はかろうじてクリアしていたのでしょう …
薄氷を踏んで合格した今 “ 合格するための秘訣 ” を神無先生は惜しみなく
随所で教えてくれていたのだと実感しました。
最端の課題で普段から
建物へのアプローチや動線を意識させられてきたこと、
チェックの重要さを何回も教えられてきたこと
(チェックは3回以上やりました、階段を除いて … )
そのためにはエスキスを60分で仕上げる練習をすること、
図面アピールをくどいほど行ったこと、
8月の講習会で設計条件の練習を具体的にしたこと、
これらが私をぎりぎり合格にひっかけてくれたのだと思います。
また、最端のメンバーズサイトにも助けられました。
掲示板は読むだけでもとても参考になり、
自分の視点ではない、他の受験生の視点は気付かされることが多かったです。
本試験で3ヶ所使用したバリカーは、掲示板で知りました。
公園と一体化、2方向接道で災害時の拠点施設としても使用、など
塀の処理に悩まされるところはバリカーを使いました。
他の人が質問しなかったら目にとまらなかったと思います。
試験前も屋外階段についての質疑がありました。
これは良い!と、その図面を印刷して試験当日も眺めていたのに、
私は階段要求を読み飛ばしてしまいました … けれど
そのやりとりに助けられた最端生は多かったと思います。
他にも
○○ 課題のこの線は何ですか?なんていう質問があれば、
そんな線、気付きもしなかった!と解答図例をひっぱり出し確認したり、と
この掲示板が私の引き出しを確実に増やしてくれました。
最後に …
家族・友人・知人の励ましがあってやっと合格できました。
病気がわかった後の2年間、8週間に1度、大学病院で検査を続けながら
勉強と仕事を両立してきた自分を褒めたいと思います。
数年、手抜き主婦だった私を許してくれた家族には特に感謝しています。
今年最後の挑戦と思っていましたが、合格発表前日には、
来年は学科からまた挑戦しよう、と覚悟を決めていました。
今年の成長を手ごたえに、来年こそは手が届くと思ったからです。
合格できたのは最端のおかげです。
この文章で最端の良さが少しでも伝われば嬉しいです。
本当に本当にありがとうございました!